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世界インフレの謎


渡辺 努著 講談社現代新書


 2008年のリーマンショック以降、つい最近まで世界中で経済活動の停滞が続き、低インフレから脱却することが各国中央銀行の使命でした。それが今世界は一変、米欧の主要な先進国で軒並み8~9%もの高い水準で物価上昇が続いています。世界がインフレに見舞われるというのは、実に久しぶりの出来事です。


 1970年代のインフレは世界中を襲い、どこの国もインフレ収束のために大量の失業という大きな犠牲を払いました。経済学者や中央銀行の専門家たちは過去の失敗を繰り返さないためにはどうしたらよいかを懸命に考えます。導き出した結論は、「人々のインフレ予想さえ安定させておけばインフレは起こらない」というものでした。それ以降、各国中央銀行の最大の使命はインフレ率の目標値を公表し、その実現を約束する「インフレターゲティング」によって人々のインフレ予想を安定させることにあります。そしてその仕組みは半世紀以上に渡り上手く機能してきました。


 ところが今回起きている世界的なインフレは、専門家さえも頭を悩ませるような謎だらけ。経済学の常識が当てはまらないこの難題に、物価研究の第一人者である著者が、問題の核心を徹底的に考察します。


 著者は、今回の世界インフレはパンデミックに起因する供給不足によるものであり、その背後には消費者、労働者、そして企業の行動変容があるといいます。


 消費者の行動変容とはステイホームに入った人々の消費対象がサービスからモノへとシフトしたことを指します。


 “需要シフトにともなってサービス価格は本来下がるべきなのですが、サービスのほうが価格は硬直的だという事実を踏まえると、硬直的なので下がりが鈍いということになります。一方、モノ価格は本来上がるべきですが、硬直性が低いので迅速に上がります。上がるほうはしっかり上がり、下がるほうはさほど下がらないので、全体としては物価が上昇する─こうして米欧のインフレは引き起こされているのです。”


 パンデミックを機に労働者が退職を早めるケースや離職したまま仕事に復帰しないという事例が米国や英国において数多く見られるようになりました。これが労働者の行動変容です。


 “労働者がオフィスや工場に行かなくなれば、たとえば、昼食を職場近くのレストランでとるということもなくなり、自宅近くのスーパーで食材を買って家で調理する機会が増えるでしょう。そうなれば、先ほど述べたサービスからモノへの需要のシフトに拍車がかかることになります。”


 今後、物価に影響を及ぼす可能性があるのが企業の行動変容です。今回のパンデミックはコンテナ船が何週間も洋上で停泊を余儀なくされるといったような供給網の機能不全を引き起こしました。このような経験をした企業には、グローバルな生産体制そのものを見直そうとする動きがあります。


 “「脱グローバル化」の背後にあるのは、供給網の安全性と安定性を重視し、そのためにコストパフォーマンスが多少犠牲になってもやむを得ないという発想です。必然的にグローバル企業の製造コストは上昇し、製品価格は上昇します。”

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